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千葉地方裁判所 昭和58年(ワ)444号 判決 1984年11月30日

原告 甲野太郎

被告 乙山春夫

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 桜井勇

主文

一  被告らは各自原告に対して、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年八月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金五〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年八月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  1項につき、仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  昭和五〇年七月下旬、原告は、斉藤政雄の紹介により、藤生佳市(以下、「佳市」という。)から、その父親藤生新三郎(以下、「新三郎」という。)所有の群馬県新田郡藪塚本町大字藪塚字中原所在、地番二一八五番の畑一一九六平方メートル(以下、「本件土地」という。)に抵当権を設定することにより五〇〇万円を貸して欲しいとの申込みを受けてこれを承諾し、同日同人に現金二〇〇万円を交付し、残金三〇〇万円については本件土地について約定の抵当権設定登記手続が完了した後に交付することを約した。

2  なお、右金二〇〇万円については、前同日前記抵当権設定登記ができなかったときは前記斉藤政雄がその返還を保証する旨を約した。

3  同年八月一日、原告と佳市は司法書士である被告らの事務所を訪れ、本件土地について債権額を五〇〇万円とする抵当権設定登記の申請手続を依頼したが、その際本件土地の登記済証がなかったところ被告らは不動産登記法四四条所定の保証書(以下、単に「保証書」という。)を用いて右登記手続をすることとし、被告ら両名名義の保証書(以下、「本件保証書」という。)二通を作成添付して、右登記申請手続をなし、前橋地方法務局太田支局昭和五〇年八月二日受付第一七八六一号をもって抵当権設定登記(以下、「本件登記」という。)を了した。

4  本件土地につき約定の抵当権設定登記の申請手続が完了したため、原告は前同日の夕方、佳市に残金三〇〇万円を交付し、既に交付済の二〇〇万円についての前記斉藤政雄の保証債務は消滅した。

5  ところが後日判明したところによると、前記抵当権設定契約及びその登記手続は、佳市が新三郎に無断でなした無効なものであった。

6  被告らは保証書の作成に当たっては、現実に抵当権設定登記手続を依頼に来たのが義務者たる新三郎ではなかったのであるから、右新三郎の真意を確認する義務があるところ、これを怠り漫然本件保証書を作成した過失により、有効な抵当権設定登記ができるものと信じた原告をして、前述のとおり佳市に残金三〇〇万円を交付せしめ、併せて斉藤政雄の保証債務をも消滅せしめて、次項記載の事情により原告に右合計五〇〇万円の損害を被らせた。

7  その後、佳市は同年一〇月一日に死亡したが、相続人が限定承認した結果佳市には一切財産がなく貸金の回収は不可能であり、また、本件登記も新三郎が提起した太田簡易裁判所昭和五二年(ハ)第七号抵当権設定登記抹消登記手続請求事件において原告の敗訴が確定したため抹消のやむなきに至った。

よって、原告は被告らに対し、その共同不法行為により被った損害として金五〇〇万円及びこれに対する右不法行為の日である昭和五〇年八月一日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項及び2項の事実は不知。

2  請求原因3項の事実は認める。但し、その日時は昭和五〇年八月一日か翌二日か定かでない。

3  請求原因4項の事実は不知。

4  請求原因5項の事実は認める。

5  請求原因6項の事実中、被告らが結果として新三郎の真意を確めなかったことは認めるが、その余の主張は全て争う。

6  請求原因7項の事実中、佳市が死亡した日時及び同人につき限定承認がされ、同人には資産がなかったため貸金の回収が不可能となったことは不知であるが、その余の事実は認める。

三  被告らの主張

1  佳市と原告とが本件登記手続の依頼のため被告らの事務所を訪れた際、被告乙山春夫(以下、「被告春夫」という。)は右両名に対し、土地所有者の登記済証が不足している旨告げたところ、右両名は保証書で頼むとのことであった。そこで被告春夫が新三郎に登記の内容及び保証書を用いることの許否を確認しようとすると、佳市は「今、父は出かけていて不在だ。」と言い、原告は、「この署名は藤生新三郎のものだから絶対間違いない。」等と同被告に申し向けて新三郎との確認電話を妨げた。結果として新三郎に真意を確められなかったのは、原告と佳市とが共謀して虚偽の事実を被告らに申し向けて欺罔したのが原因であるから、被告らとしては原告の損害を賠償する義務はない。

2  原告は被告らが本件保証書を作成する以前に、既に佳市に対し、二〇〇万円を貸付けているから、右保証書の作成と右二〇〇万円の損害との間には相当因果関係がない。

四  被告らの主張に対する認否

1  被告らの主張1項の事実は全て否認する。原告が保証書で頼むと言ったことも被告春夫が新三郎に確認しようとしたことも一切ない。

2  被告らの主張2項の主張は争う。本件保証書作成前に二〇〇万円が交付されていたことは認めるが、被告らが安易に保証書を作成せず、本件登記ができないということになれば、原告は斉藤政雄に保証人としての責任を追求できたのであり被告らが保証書を作成して本件登記の申請手続をなしたことにより右保証債務が消滅したのであるから、右保証書の作成と二〇〇万円の損害との間には相当因果関係がある。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因3項(但し、日時の点は除く。)及び5項の各事実、同6項の事実中、被告らが本件保証書を作成するに当たり新三郎の真意を確認していないこと、同7項の事実中、佳市が死亡したこと及び本件登記は新三郎が提起した太田簡易裁判所昭和五二年(ハ)第七号事件の確定判決により抹消されるに至ったこと並びに被告らの主張事実中、本件保証書作成前に原告から佳市に既に二〇〇万円が交付されていたことは当事者間に争いがない。

二  右当事者間に争いのない事実に加えて、《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  昭和五〇年七月下旬、原告は斉藤政雄の紹介により、佳市から本件土地に抵当権を設定することにより五〇〇万円を貸して欲しいとの申込みを受けた。佳市の言によれば、本件土地の所有者で同人の父新三郎も右担保提供の点は了解しているが、登記済証は紛失したので保証書を用いて抵当権設定登記をするから早急に融資して欲しいとのことであり、前記斉藤政雄も佳市の家は名門であるから融資しても何の心配もない旨勤めたので、原告は前記佳市の申出を承諾し、佳市において金を急ぐとのことであったので、同日同人に現金二〇〇万円を交付し、残余三〇〇万円は申出の抵当権設定登記手続が完了した後に交付することを約した。

2  同年八月一日、原告と佳市は、佳市において金銭消費貸借契約証書、新三郎名義の委任状(白紙)及び同人の印鑑証明書を持参して司法書士たる被告春夫の事務所を訪れ、本件土地につき債権額を五〇〇万円とする抵当権の設定登記の申請手続を依頼した。佳市が持参した書類中には本件土地の登記済証が欠けていたところ、被告春夫は登記手続の依頼に来たのが登記義務者の新三郎本人ではなく、その息子の佳市であることを知りながら、特段新三郎と連絡してその申請意思を確かめるようなこともせず、その場で自己及び同被告に作成手続の全てを委任していた被告乙山松夫名義の保証書を作成し、これを添付して前記登記申請手続をした。

3  原告は約定の抵当権設定登記の申請に必要な行為が終了し、被告春夫において近々右登記ができるとのことであったので、前同日の夕方佳市に約束の三〇〇万円を交付した。

4  ところが、佳市は前記貸金を一銭も弁済することなく、同年一〇月一日に死亡し、同人には見るべき資産もなかったところ、相続人においても限定承認したため、原告は前記貸金を佳市の遺産若しくはその相続人から回収することは事実上不可能となった。

また、後日判明したところによると、本件抵当権の設定契約及びその旨の登記手続は、いずれも佳市が所有者たる新三郎に無断でなした無効のものであり、本件登記は新三郎の提起した太田簡易裁判所昭和五二年(ハ)第七号抵当権設定登記抹消登記手続請求事件の確定判決により抹消されるに至り、原告は本件土地から前記貸金を回収することも不可能となった。

三  ところで、不動産登記法四四条にいう登記義務者の人違いなきことを保証するとは、既に登記申請をする登記義務者が登記簿上の当該名義人と同一であることを善良なる管理者の注意義務をもって確認し、間違いないことを保証することと解されるから、その趣旨に鑑みれば、登記申請が登記義務者の使者又は代理人によってなされる場合に保証書を作成せんとする者は、当該使者若しくは代理人たる者が真実登記義務者の使者又は代理人であるかを善良なる管理者の注意義務を払って確認する義務があるものというべきであって、右注意義務を怠ったためにその同一性を誤り、第三者に損害を与えた場合には右損害を賠償すべき義務があるものと解するのが相当である。

右の観点から本件をみるに、前記認定事実によれば、被告らは本件登記の申請依頼に来たのが登記義務者たる新三郎ではなくその息子の佳市であることを承知していたのであるから、右佳市が真実新三郎の使者若しくは代理人であるかを善良なる管理者としての注意義務を用いて確認すべきであったということになり、被告らにおいて特にこの点につき意を用いて確認した形跡のない(被告らにおいて新三郎の真意を確認していないことは当事者間に争いがない。)本件においては、被告らに前記注意義務違反の存することは明らかである。

なお、佳市は新三郎の息子であり、同人が持参した書類中には新三郎名義の委任状や印鑑証明書等の書類が存したことは前記認定のとおりであるが、保証書が必要とされる趣旨に照らせば、これらの書面の存することを確認しただけでは前記注意義務を尽したことにはならないというべきであ(る。)《証拠判断省略》

四  以上述べたことからすれば、被告らは本件保証書を作成したことにより、それと相当因果関係のある原告の損害を賠償すべき義務があるということになるので、右損害の点につき検討するに、前記認定事実に照らせば、昭和五〇年八月一日の夕方、原告が佳市に交付した三〇〇万円は右保証書が作成された結果抵当権設定登記が有効になされるものと信じた原告が出捐交付したものであり、仮に本件保証書が作成されず、右登記手続ができないということになれば、原告において佳市に右三〇〇万円を交付しなかったであろうことは推測に難くないから、右三〇〇万円の損害は被告らの本件保証書作成と相当因果関係にある損害と認められる。しかし、右保証書作成前に既に佳市に交付されていた二〇〇万円については、本件全証拠によるも右保証書の作成と相当因果関係にある損害とは認め難いところである。原告はこの点につき、仮に被告らにおいて新三郎の意思を確認し、本件保証書を作成しなかったならば抵当権設定登記はできないということになり、この場合斉藤政雄が保証人として二〇〇万円を返還することを約していたから、同人から右金員の回収ができたところ、被告らが保証書を作成して登記申請手続を了したことにより右斉藤の義務を消滅せしめた旨主張し、《証拠省略》中には右主張に副うかの供述部分も存するのであるが、右主張はそれ自体必ずしも明確でないうえ(右保証債務は抵当権設定登記のできないことを停止条件とするものであったというのか、あるいは右登記のできることを解除条件とするものであったというのか、更には他の法律構成となるのか。また、その場合、当該抵当権設定登記は有効、無効を問わないという趣旨であったのか等)、いずれにせよ前記各証拠にはあいまいな点が多く、それのみでは前記斉藤において、単に紹介者として道義的責任を負うことは格別、保証人として二〇〇万円の返還債務を負うとまでの明確な合意が成立しており、しかも右義務が本件保証書が作成されたことにより消滅したものと認めることはできず、他にこの点を認めるに足りる証拠は存しない。してみれば、原告が佳市に二〇〇万円を交付したことにより被った損害は、被告らが本件保証書を作成するにつき注意義務を尽さなかったことと相当因果関係にある損害とは認め難いものといわねばならない。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は被告らに対し、各自金三〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和五〇年八月一日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその範囲で認容し、その余は失当として棄却することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 河村吉晃)

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